PRINCIPLE~基本理念

昭和50年代、私が子供の頃、家の周りには自然が多く残っていました。
田畑があって、林があって、原っぱがあって、そこは私達の遊び場でもあり、小動物や虫と触れ合ったり、出会う場でもありました。
今思えば、当たり前のように自然と共存できていたように思います。

しかし今では、私達が遊んでいたところは、草木が伐採され、田畑はコンクリートで固められ、土も緑もなくなってしまいました。
代わりにできたのは、無機質な壁で囲まれた住宅地、自然のない小さな公園、星さえ霞ませるネオンの光る商業施設など、かつて子供達の遊び場だったところ、小動物の生活の場だったところは、人工物の塊に変わってしまいました。

近年、自然を伐採して開発した住宅地において、野良猫(地域猫)に対する苦情が増えています。「猫が勝手に敷地に入る」「オシッコが臭い」「汚い」「うるさい」「ボンネットに乗る」など、苦情の内容も様々です。

でも、自分達の権利をただ主張して排除するのではなく、一歩立ち止まって考えてみてください。 「何故」そんなことが起こるのか。
ひと昔前にも野良猫は存在していましたが、今ほど問題になることはありませんでした。見かけてもいることを認識するくらいで、悪戯もそんなに目立つものでもなく、近隣トラブルに発展するほどの深刻な問題はありませんでした。

彼等には住処や生活の場があったからです。

 しかし近年、都市部の開発が進み、野山や田畑、空き地だったところは自然が伐採され、草や木が育ち、土だったところもコンクリートに固められてしまい、住宅街へと変貌していきました。 もともと公園や広場だった所さえ、縮小され、整地され、都市からは自然がなくなってしまいました。

猫や小動物をはじめ、鳥や虫の生活の場さえ奪ってしまったのは、間違いなく私たち人間だということを忘れてほしくありません。
野良猫(地域猫)の問題は、人間の自然破壊が産んだ産物なのではないでしょうか。糧であった鳥や鼠などの小動物を奪われ、自然の住処を追われた彼等は、一体どこにいったらいいのでしょう。

自分たちで原因を作っておきながら、自分たちの邪魔になったら、安易に殺処分するというのは、ずいぶんと勝手な対策だと思いませんか?
いらなければ排除すればいいなんて、「命」をあまりにも軽視したやり方ではないでしょうか。

動物も人間と同じように意思を持って生きています。人と同じようにお腹がすいて、寒かったり暑かったり、痛かったり苦しかったり、安心したり怖かったり、人と同じように感情を持っているのです。

全ては自分たち人間が撒いた種。 同じ地球上に同じく生を受けた動物の「命」を、リセットする資格は人間にはないはずです。
地球は人間だけのものではないと思うのです。全ての生命のもの、すべての生命の集合体が地球そのものだと思うのです。 人間と動物、そして自然との共存・共生が「アニマルフレンドシップ」の基本のテーマです。

猫の活動を通して、命の尊さを見つめるきっかけになれば幸いです。

                                  animalfriendship 代表 宮城将子